« ホテルシェフら、田植えに汗 神戸・押部谷町 - MSN産経ニュース | トップページ | 人事の王道 »

2012年6月17日 (日)

歴史探訪 ~ 豊臣最期の戦い ~ 木村重成 

私の事務所から南に歩いて10分もかからない場所に、
とても立派な石碑~「木村長門守重成表忠碑」~が、
堂々と、建っています。
この木村重成という人物、何をした人か、ご存知ですか?
歴史好きの方は、「当然!」と頷かれると思います。
そうです。
豊臣家最後の戦い~大阪の陣~において、
豊臣秀頼の友(乳兄弟)として、
豊臣側で戦った数少ない勇猛果敢な武将です。

大坂の陣、豊臣は、真田幸村らの大活躍もあり、
冬の陣を何とか有利に戦い、講和に持ち込みます。
その講話の席、豊臣から徳川本陣に全権大使として木村重成が乗り込み、
家康の押した血判が「薄い」として押し直させた逸話は有名です。

しかし、徳川は、講和後、
講和条件を無視して大阪城の堀をほとんど埋め立ててしまい、
豊臣は、勝目のほとんどない夏の陣を戦わざるを得ないことになってしまいます。
真田幸村も、木村重成も、最期までよく戦いますが、多勢に無勢。
木村重成は、若江村(現在の東大阪市)で戦死したと伝えられています。


Kimurachukonp_2

大阪の人間にとって、
豊臣秀吉が築き、豊臣秀頼で滅んだ
大阪城と豊臣家の数奇な歴史は、
とても身近に感じられるもののようです。
近年、「プリンセストヨトミ」という小説が映画化映画プリンセストヨトミされ、ヒットしました。
「プリンセストヨトミ」の話自体、大阪が街全体で豊臣家の末裔を
守り続けているという設定でした・・・。

大坂の陣を巡る人間模様については、
司馬遼太郎氏の「城塞」が、やはり面白い。
現代に通じる多くの教訓を
読み取ることが出来るように思います。
(この点についてはまた別の機会に
書いてみたいと思っています)

51m6hydttql_ss500_


|

« ホテルシェフら、田植えに汗 神戸・押部谷町 - MSN産経ニュース | トップページ | 人事の王道 »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/89445/54986492

この記事へのトラックバック一覧です: 歴史探訪 ~ 豊臣最期の戦い ~ 木村重成 :

« ホテルシェフら、田植えに汗 神戸・押部谷町 - MSN産経ニュース | トップページ | 人事の王道 »