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2012年6月17日 - 2012年6月23日の3件の記事

2012年6月20日 (水)

「消費者」「事業者」というマジックワード

お店屋さん 職人さん 家族経営の町工場 
こういう方々は、詐欺的商法に引っかかっても泣き寝入り。
高学歴かつ頭脳明晰な大企業のエリートでも
「消費者」として受けることの出来る保護。
例えば、消費者契約法に規定の保護が、
自営業だというだけで受けられない。

私は、上記の格差は、明らかな現行法の不備だと思います。
オーストラリア法では既に克服されている様子であることは、
以前ブログに書きました。

消費者契約法は立派な法律です。
ただ、そこに止まっていては、格差は拡大し、
被害を食い止めることは出来ないのです。

しかし、極めて優秀な方々にも、
理解して頂くことに苦労する場合があります。
数多くの被害者の方々と接してきた私には、とても悔しいのですが、
心の中に築いた概念の壁を乗り越えて、目をこらして実態を見て頂きたいと願います。

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2012年6月19日 (火)

人事の王道

大企業から中小企業、医療法人、
協同組合、学校法人や宗教法人などなど、
人が集まり組織を形成するところには、
社長、部長、理事、幹事、などなどの肩書が発生します。
そこで常に執り行われているのが、「人事」です。

人事を巡っては、これを円滑に行わないときには、様々なトラブルが発生します。

例えば、会社に取締役が存在しない、あるいは争いがある状態に備えて、
会社法は、以下のような規定を設けています。
1)一時取締役職務代行者(仮取締役) ・・・会社法351条
2)仮処分による取締役職務代行者・・・会社法352条

しかし、会社法のこの規定は非常事態についての定めです。
この規定を引っ張り出さなければならない様な事態に至ったとすれば、
その時点で既に、企業経営、企業のガバナンスとしては失敗しているのです。

ことは、マスコミで騒がれる大企業トップの人事だけでは勿論ありません。
人事を乱暴に行えば、必ずしこりを残し、組織に亀裂を生じさせます。
そして、人事の痼り(しこり)は、組織内部に根深く潜伏します。
人事の敗者も組織の中で生きる道を選ぶ日本の企業風土においては、
痼りを持つ敗者達は、不満を直ぐには顕在化させず、潜伏して行ってしまうのです。
このことが、企業統治上どれだけのリスクを抱えることになるのか。
申し上げるまでもないと思います。

人事に王道はないと言われます。
ただただ、誠実に。愚直に。丁寧に。出来れば迅速に。
法令順守は当然のこと。
それ以上に、対象者の立場や心情。
これに対する配慮に欠けることがあってはなりません。
人事権者は、対象者にとっては権力者です。
上司の無思慮な一言が、愛社精神や、やる気を、
根こそぎ崩壊させてしまうことも多いのです。

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2012年6月17日 (日)

歴史探訪 ~ 豊臣最期の戦い ~ 木村重成 

私の事務所から南に歩いて10分もかからない場所に、
とても立派な石碑~「木村長門守重成表忠碑」~が、
堂々と、建っています。
この木村重成という人物、何をした人か、ご存知ですか?
歴史好きの方は、「当然!」と頷かれると思います。
そうです。
豊臣家最後の戦い~大阪の陣~において、
豊臣秀頼の友(乳兄弟)として、
豊臣側で戦った数少ない勇猛果敢な武将です。

大坂の陣、豊臣は、真田幸村らの大活躍もあり、
冬の陣を何とか有利に戦い、講和に持ち込みます。
その講話の席、豊臣から徳川本陣に全権大使として木村重成が乗り込み、
家康の押した血判が「薄い」として押し直させた逸話は有名です。

しかし、徳川は、講和後、
講和条件を無視して大阪城の堀をほとんど埋め立ててしまい、
豊臣は、勝目のほとんどない夏の陣を戦わざるを得ないことになってしまいます。
真田幸村も、木村重成も、最期までよく戦いますが、多勢に無勢。
木村重成は、若江村(現在の東大阪市)で戦死したと伝えられています。


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