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2012年10月28日 - 2012年11月3日の2件の記事

2012年10月28日 (日)

独善を排する

独善的なものの考え方や、独善的な考え方をする人物と接触して
不愉快な思いをすることは、誰しもが経験することです。
独善的人物の言動は、えてして「上から」目線、「上からの」お言葉ですし、
排他的で幅のない、人間的な暖かみを全く感じられない意見を押しつけてきたりします。
独善主義者は多くの人が接触を避けるようになりますから、
似たもの同士でコミュニティを形成し、
よりいっそう独善的になってしまう場合もあるように思います。

自分が独り善い(正しい)と信じることは、
それを悪いと決めつける程のことではありませんが、
独善的になってしまうと、やはり、人付き合いの上で損をしますし、
組織のリーダーがこのような傾向を強めれば、
組織が結果として間違った方向に向かいかねません。

独善に陥らないためには、どのようなことに気を付けるべきでしょうか。
やはり、積極的に世に出て様々な場面で様々な人と交流・意見交換をして、
常に、自らの考えに対する批判を積極的に受け入れ、
自らの意見を相対的に捉える努力をすることだと思います。
様々な場年に出会いますが、
自らと異なる立場、異なる意見の持ち主を人間的に全否定してしまうと、
独善に陥りやすい様に思います。
意見と人間を同一視しない、ということも大切な様に思います。
自らと異なる見解の書籍をあえて読むというようなことも、
有意義な場合があるでしょう。
イエスマンで周囲を固め、自分の部屋から出ない。
このスタイルはとても危険~独善に陥るリスクが高い様に思います。

(自戒の念をこめて。)

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歴史探訪~吉田松陰と松下村塾

明治維新に向けての幕末期、
吉田松陰(長州藩)が、江戸幕府との関係で困難な身に陥り、
松下村に幽閉された際、そこに、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文などなど
多くの若者が集い、松蔭の薫陶を受けました。
歴史に名高い「松下村塾」です。

吉田松陰は激烈な尊皇攘夷論者といわれますが、
その後の塾生達の大活躍ぶりを見れば明らかなとおり、
単にイデオロギーを説くだけの人物では無かったようです。
元々が長州藩お抱えの兵学者の家柄である吉田松陰は、
自らも海外渡航を試みるなど、事実を直視することに極めて貪欲でした。
(少なくとも軍事的には)厳しく冷徹な目を持っていたと思われますし、
すぐれた教育者としての面を兼ね備えていたことは明らかと思われるのです。

吉田松蔭は、わずか2年程の間松下村塾で教えた後、安政の大獄で命を落とします。
江戸に向かう際の松蔭の気持ちを綴った文書や、伝馬町の牢屋での文書、
刑殺される直前の記述文書などが、
松下村塾の隣に近年開設された「至誠館」という史料館に展示されており、
閲覧することが出来ます。
資料や文章を読めば、吉田松蔭が、本当に命がけで国のこと民のこと家族のことを思い、
実践した人物であることがひしひしと伝わってきます。
国政を論じ、政治に携わる人達はもちろん、
そういうこととは縁遠い庶民からも、吉田松陰が今も尊敬を集める所以でしょう。

その後の塾生達のなおいっそうの奮闘ぶりは、皆さんもよくご存知のところと思います。

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