カテゴリー「消費者とは?」の2件の記事

2012年9月 2日 (日)

司法研修所卒業20年の同窓会に参加しました。

昨日は、司法研修所卒業20年の同窓会が京都で行われ、参加してきました。
全国から、同期の弁護士、裁判官、検察官、そして研修所の教官を務めて下さった大先輩方が集い、
このときばかりは「同期の仲間」として歓談です。

私が司法試験に合格した平成2年(1990年)は、
世間的には、大蔵省銀行局長通達で不動産融資総量規制が指示され、
バブル経済の崩壊が開始した年です。

そして、奇しくも、司法試験が、年間500人しか合格者を出さず、
世界で一番難しい、ばくちに人生をかけるようなものなどと揶揄された時代も、
私が合格した年が最後。
翌年の合格者から、600人、700人、~と増えていきました。
やがて規制緩和論の大合唱となり、
後の「司法改革」での弁護士大増員に結びついていきます。

「司法改革」のあおりで、
ロー・スクールが法曹養成の一翼を担うこととされ、
研修所教育も、最近随分変わってしまったようです。
ロー・スクール教育にも問題が多いとされているようです。
法律家の卵の質が低下しているという指摘が、最高裁からなされたこともありました。

私が受けさせていただいた研修所教育は、
裁判官にも、検察官にも、弁護士にもなれるように、
2年間かけて、みっちりと厳しく叩き込んでいただきました。
2年も同じかまのメシを食べた仲間です。まさに「同期の桜」です。
私自身、「裁判官になれ。検事になったらどうだ。」という有り難いお誘いに大いに悩んだ末、
やはりここは初志貫徹で弁護士になりますと頭を下げて、弁護士への道を進みました。
これは私だけの話ではなく、当時の研修所教育のもとでは、皆、そういう時代だったのです。

しかし、裁判官にも検察官にも弁護士にもなれるように鍛え上げる研修は、
今では行われていないようで、
そういう意味でも、本当に有り難い研修だったと思います。
裁判官、検察官、弁護士は、もちろん、仕事の中身が違います。
法廷で座る場所が異なりますし、果たす役割も違います。
ただ、法廷で壇上に座っている裁判官が何を欲しているのか?
法廷で向かい合って激論を交わしている検察官が、何をしようとしているのか?
それがわからなければ、良い弁護活動が出来るはずがないのです。
法廷で、法曹三者(裁判官・検察官・弁護士をあわせてこう呼びます)の
共通言語がなくなってしまい困る。そういう声を聞くこともよくあります。

規制緩和論の大合唱のもと、
「事前規制から事後調整へ」というスローガンに基づいて
推し進められた様々な政策。
司法改革も、消費者契約法の制定も、
大きな流れとしては同じ流れの中で為されました。
その光と影について、これからも見据えて行きたいと思います。

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2012年6月12日 (火)

「消費者」の対義語は・・・

広辞苑で「消費者」を調べると、
『物資を消費する人。⇔生産者。』
との記載があります。
国語的には、
消費者=ものを消費する人びと。であり、
そして、消費者の対義語は、
ものを生産する人びと(生産者)なのです。

あたりまえじゃないか。
そう思われたあなたは、日本語について
(広辞苑と同じく)常識的な感覚をお持ちです。

しかし、何故か、日本の(一部の)法律専門家の世界では、
「消費者」の対義語は「事業者」だという理解がなされています。

消費者の対義語は何か。
実害がなければどうでも良い言葉遊びなのですが、
「事業者」は「消費者」ではないので保護を与えないという方向に
議論が走っていくと、中小(零細)事業者の保護に欠ける議論になってしまいます。

消費者保護運動の黎明期、
アメリカを中心に大企業が大工場で製品を大量に生産する、
大量生産大量消費時代が背景にありました。
大企業が大工場で製造した製品を、購入し消費する他ない
弱き立場の「消費者」を保護する運動が巻き起こったのです。
若き弁護士ラルフネーダーが、ゼネラルモーターズの
欠陥自動車問題に取り組んだことは有名です。

この歴史からも、消費者運動の黎明期においても、
「消費者」の対義語は、「生産者」だったのではないでしょうか。

事業者を消費者に対置する方々のお考えとして、
あるいは、
農業生産者を消費者と対立関係に立たせない。
そういった配慮があったのかも知れません。

しかし、消費者並みの保護が必要な事業者はたくさん居られます。
お店屋さん、職人さん、町工場・・・
中小零細事業者の存在が忘れられることがあってはならない。
私は、そう思うのです。

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