カテゴリー「組織論・企業論・リーダー論」の4件の記事

2013年1月 6日 (日)

読書日記~国難・石破茂

石破茂氏の「国難」 。

自民党政権誕生ということもあり、読んでみました。
平成24年末の解散総選挙が決まるかなり以前、昨年夏の出版です。
しかも 石破茂氏がかねて書きためた持論などの原稿に拠る部分の多い、
密度の濃い著作物と感じました。
自民党政権の、とりわけ、国防、農政という 国家の根幹に関わる分野での
一目置かれる人物の書として、
今後の自民党政権を行く先を読む意味もありそうです。
自民党が下野した当時の同党の活動、
同党の新綱領の内容などにも触れられています。
下野時代の自民党が石破氏を陣頭に、
TVのバラエティ番組でも何にでも、自ら押しかけて
とにかくマスコミに露出していく戦略を採ったこと、
石破氏自身、論理的に物事を突き詰めて検討し、
反対説を徹底的に研究し全て論破できる確証をえてからでなければ
自説を政策として口にしないことにしていることなど、
凄みを感じる話が紹介されています。
学ぶところの多い書物だったと思います。

この国をよりよいものとするために、何を議論し、何をすべきなのか。
私も、今まで以上に、よりいっそう考えて行こうと思います。

*なお、私の政治的信条や支持政党、個々の政策については、
ここでは触れるものではありません。
ご了承下さいますようお願い致します。

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2012年11月17日 (土)

マスコミ対策と弁護士~例えば事故対応~

企業・組織において事故が発生した場合。
事故についていち早く正確な情報を収集し、
対策を講じ、被害を最小限に食い止める。
事故の影響を測り、関係先へのフォローを行う。
このようなことが真っ先に必要であることは、
私が申し上げるまでもないでしょう。
上に書いたような本来の事故対応とともに、
決して忘れてはならないのがマスコミ対応です。
政治学の世界で、マスメディアが、
立法、行政、司法(国家統治機構における三権)と並ぶ、
第4の権力と呼ばれて久しいのです。
では、事故対応として、マスコミ対策をどのようにすべきか。
事故のタイプによって対策は全く異なるでしょう。
記者から問い合わせが入ったとき、
どの部門の誰がどの様な対応をするか。
幹部や事故関係者に直接取材要請があった場合の対応をどうするか。
あわせて夜討ち朝駆け取材があり得るか。
そもそも記者会見を開くか。どのタイミングで記者会見を開くか。
そこでどのようなことを発表するか。
事故発生の直後から、
企業なり組織のトップのもとで危機対応チームを組み、
ポジショニングペーパーの作成など、作業を開始すべきです。
混乱したまま、取材を受けたものがそれぞれバラバラに応答したのでは、
後から食い違いを指摘され、「嘘をついた」などと、
あらぬ非難を受けかねないからです。
*例えば、偽装発覚時にパート従業員に責任転換を図った
船場吉兆は、その後も、元来からのコンプライアンス意識の欠如に加え、
内部通報が続出し、結局倒産しました。
船場吉兆の例は、事故対応以前の問題ではありますが、
当初から筋の通った対応を行う必要性という観点からも、
貴重な教訓を与えてくれているように思います。
私は、事故対応の極めて初期の段階から、
マスコミ対応という意味でも、
マスコミ対応に長けた弁護士を関与させることは、
企業なり組織にとって、とても有益だと考えています。
何より法律上も筋の通った事故対応をしなければ成りませんし、
法律的にも筋の通った説明を、マスコミに対して行う必要があるからです。
マスコミ側(マスコミを通じての世の中)は
あくまで企業なり組織のトップ・責任者の声を求めますから、
弁護士はわき役・裏方にとどまることが多いのですが。
今でも、実は多くの記者会見や取材対応について
弁護士が関与しています。
様々な機会を通じて新聞・TVなどマスコミ界の方々と交流し、
人間関係を持つとともに、
マスコミの特性といったものについて知見を深める。
このようなことも、弁護士の大切な仕事の一部なのです。

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2012年10月28日 (日)

歴史探訪~吉田松陰と松下村塾

明治維新に向けての幕末期、
吉田松陰(長州藩)が、江戸幕府との関係で困難な身に陥り、
松下村に幽閉された際、そこに、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文などなど
多くの若者が集い、松蔭の薫陶を受けました。
歴史に名高い「松下村塾」です。

吉田松陰は激烈な尊皇攘夷論者といわれますが、
その後の塾生達の大活躍ぶりを見れば明らかなとおり、
単にイデオロギーを説くだけの人物では無かったようです。
元々が長州藩お抱えの兵学者の家柄である吉田松陰は、
自らも海外渡航を試みるなど、事実を直視することに極めて貪欲でした。
(少なくとも軍事的には)厳しく冷徹な目を持っていたと思われますし、
すぐれた教育者としての面を兼ね備えていたことは明らかと思われるのです。

吉田松蔭は、わずか2年程の間松下村塾で教えた後、安政の大獄で命を落とします。
江戸に向かう際の松蔭の気持ちを綴った文書や、伝馬町の牢屋での文書、
刑殺される直前の記述文書などが、
松下村塾の隣に近年開設された「至誠館」という史料館に展示されており、
閲覧することが出来ます。
資料や文章を読めば、吉田松蔭が、本当に命がけで国のこと民のこと家族のことを思い、
実践した人物であることがひしひしと伝わってきます。
国政を論じ、政治に携わる人達はもちろん、
そういうこととは縁遠い庶民からも、吉田松陰が今も尊敬を集める所以でしょう。

その後の塾生達のなおいっそうの奮闘ぶりは、皆さんもよくご存知のところと思います。

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2012年10月21日 (日)

読書日記~現場主義のリーダー論~コリン・パウエル「リーダーを目指す人の心得」

コリン・パウエルといえば、
アメリカ史上最年少で統合参謀本部議長に上り詰め、
その後、アメリカの国務長官を務めた人物です。

コリンパウエルが書いたビジネス書ということで手に取ってみました。
彼の現役軍人&政治家としての評価は様々なものがあると思います。
(とりわけイラク戦争に対する関与)

しかし、ジャマイカ移民2世として、ペプシコーラ工場の清掃の仕事から身を起こした人物。
やはり、組織人として、組織のリーダーとして、何を行うべきであり、いかにあるべきか。
そういった観点からの記述には、大いに示唆に富むものがありました。

中でも、コリンパウエルが、
徹底的な現場主義を唱える点は、やはりさすがだなと思えるものです。
本書の章立ての中にも「現場が正しくスタッフが間違っている」との項目があります。
パウエルは、自らが率いる組織における「現場からの情報」が遮断されてしまわないように
例えば、組織や機構を改革する、中間管理職のスリム化などを行うほか、
執務室のドアは常に開け放つ。
散歩に出るルートや時間を安定させ、自分をつかまえて話がしたい人がいたら
散歩中に声をかけることが出来るようにする。
自らまったく抜き打ちで兵舎を訪問する。
あるいは、ビルの地下車庫を突然訪問し、車の入出庫を管理する掃除夫達と話し込む。
等々といった様々な手立てを講じます。
あらゆる組織のリーダーにとって、参考にすべき姿勢と思います。

Korinn

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